新体操の世界で輝かしい実績を残してきた鈴木歩佳選手。
2025年の世界選手権では日本代表主将として史上初の金メダル獲得に貢献し、26歳で現役を引退しました。
そんな鈴木歩佳選手の高校時代はどのようなものだったのでしょうか?
この記事では、鈴木歩佳選手の出身高校や、15歳で日本代表入りを果たした高校時代の転機、そして過酷な練習環境について詳しくお伝えします。
鈴木歩佳の高校は大垣日本大学高等学校!
鈴木歩佳選手の出身高校は、岐阜県にある大垣日本大学高等学校です。
地元・岐阜県安八郡安八町で生まれ育った鈴木歩佳選手は、名森小学校、登龍中学校を経て、大垣日大高校に進学しました。
しかし、鈴木歩佳選手の高校生活は一般的な高校生とは大きく異なるものでした。
中学3年生の秋、15歳でフェアリージャパンPOLA(新体操日本代表)に選ばれたことで、彼女の生活は一変します。
1月27日(水)に当クラブ所属で日本代表チームフェアリージャパンPOLAのメンバーに選ばれた鈴木歩佳と小林秀圭が藍川体育館に顔を出してくれました。
高校入学後は、東京の国立スポーツ科学センターを拠点に練習し、遠征や合宿期間以外は宿舎から高校に通うという生活を送りました。
鈴木歩佳選手自身も「高校生らしい経験はほとんど無く、ちょっと残念な気もします。でもこれもレア経験かなぁと思うようにしています」と振り返っています。
2025年9月には、世界選手権で獲得した金メダルを持って母校を訪問。
大垣日大高校の公式サイトには「卒業生の鈴木歩佳さんが世界一に輝く」と大きく掲載され、母校からも祝福されました。
鈴木歩佳の15歳でフェアリージャパン入り!高校時代の転機とは?

鈴木歩佳選手の高校時代最大の転機は、15歳でのフェアリージャパン入りでした。
2015年、中学3年生の秋に日本代表に選ばれた鈴木歩佳選手は、高校生になる直前から本格的な代表活動をスタートさせます。
代表入り後の生活について、鈴木歩佳選手はこう語っています。
「それからは生活も大きく変わり、日本での練習の拠点は東京の国立スポーツ科学センターに。そして1年の内の何ヶ月間もロシアで合宿をしていました。10代の半ばで親元や地元を離れましたが、ホームシックなどはありませんでした」
しかし、高校2年生の時に大きな挫折を経験します。
2016年リオデジャネイロオリンピックの代表落選です。
中学3年でフェアリージャパンに合格し、リオオリンピックを目指していましたが、大会直前にメンバーから外されてしまいました。
鈴木歩佳選手は当時を振り返り「もう新体操は諦めようかなと思うほど落ち込みました。しかし、ここで諦めたらこれ以上強くなることはできないと考え直し、東京オリンピックには必ず出るぞと奮起しました」と語っています。
そして高校3年生、17歳の時に転機が訪れます。
2017年イタリア・ペーザロ世界選手権で、チーム最年少として団体総合銅メダル獲得に貢献したのです。
この銅メダルは日本の42年ぶりの快挙でした。
大垣日大高の鈴木歩佳(3)が、このほどイタリア中部のペーザロで開催された新体操の世界選手権に最年少の17歳で出場し、団体総合銅メダルなど団体種目での日本の42年ぶりのメダル獲得に大きく貢献した。
出典:日本大学新聞 ONLINE
鈴木歩佳の1日7時間の過酷な練習とロシア合宿!

鈴木歩佳選手の高校時代の練習環境は、想像を絶する過酷さでした。
1日7時間の団体練習が基本で、午前3時間、午後4時間という厳しいスケジュールをこなしていました。
具体的な練習スケジュールは以下の通りです。
午前の部(3時間):ストレッチとアップ1時間、団体練習2時間。
午後の部(4時間):団体練習3時間、個人練習1時間、ストレッチ&ケア。
鈴木歩佳選手は「このスケジュールは15歳の頃から今もずっと変わりません」と語っており、高校時代からプロフェッショナルとしての厳しい練習に取り組んでいました。
さらに特筆すべきは、年間の大半をロシアで過ごす海外合宿です。
鈴木歩佳選手は「1年の内の何ヶ月間もロシアで合宿をしていました」と振り返っています。
ロシアではインナ・ビストロヴァコーチの指導を受け、バレエレッスンを取り入れた演技の美しさに磨きをかけました。
また、美しいものを見て心を養うことも練習の一環として教えられたそうです。
新体操団体の選抜メンバーは、競技の性格上、メンバー全員の意思疎通が大切なため、約350日間の共同生活を送ります。
鈴木歩佳選手は「練習だけではなく宿舎でも常に一緒で、家族よりも濃密な時間を共に過ごすことになります」と語っています。
この過酷な環境を支えたのは、母親の存在でした。
「母は、いつも笑顔で前向きな言葉をかけてくれるので心の支えになっています」と鈴木歩佳選手。
母親から受け継いだ「最後に笑って終われればいい」という信念が、どんな困難も乗り越える原動力となりました。
東京オリンピックの本番直前には、「いつも通り笑顔で楽しむことだけ忘れずに頑張ってきて」と送り出してくれました。母の影響もあり、「最後に笑って終われればいい」というのが私の信念になっています。
出典:VERY
まとめ
鈴木歩佳選手の高校は大垣日本大学高等学校で、15歳でフェアリージャパンに入り、一般的な高校生活とは異なる道を歩みました。
高校2年生でのリオオリンピック代表落選という挫折を経験しながらも、高校3年生で世界選手権銅メダル獲得という快挙を成し遂げました。
1日7時間の過酷な練習、年間の大半をロシアで過ごす海外合宿、約350日間の共同生活という厳しい環境の中で、鈴鈴木歩佳選手は着実に実力をつけていきました。
そして2025年、26歳で世界選手権史上初の金メダルを獲得し、有終の美を飾りました。
母親から受け継いだ「最後に笑って終われればいい」という信念を胸に、どんな逆境も乗り越えてきた鈴木歩佳選手。
その姿は多くの若い世代に勇気と希望を与え続けています。
今後のご活躍が楽しみですね!

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